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釧路地方裁判所 昭和43年(ワ)186号 判決

原告

国岡勇

ほか一名

被告

阿寒砂利玉石採取販売株式会社

ほか二名

主文

被告阿寒砂利玉石採取販売株式会社および被告島薫は連帯して原告国岡勇に対し金三八五万五、二八〇円およびこれに対する昭和四一年六月九日以降完済までの年五分の割合による金員を支払え。

原告国岡勇のその余の請求および原告国岡鏡子の請求全部を棄却する。

訴訟費用は、原告国岡勇と被告阿寒砂利玉石採取販売株式会社および被告島薫との間においては同原告について生じた費用の二分の一を右被告両名の、その余を各自の負担とし、原告両名と被告高井一夫との間においては原告両名の負担とし、原告国岡鏡子と被告阿寒砂利玉石採取販売株式会社および被告島薫との間においては右被告両名について生じた費用の二分の一を同原告の、その余を各自の負担とする。

この判決は、原告国岡勇の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

一、原告両名の申立ておよび主張

(請求の趣旨)

(一)  被告らは連帯して原告国岡勇に対し金六九九万二、二八五円およびこれに対する昭和四一年六月八日以降完済までの年五分の割合による金員を、原告国岡鏡子に対し金五〇万円およびこれに対する同日以降完済までの年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言申立。

(請求の原因)

(一)  被告島薫は昭和四一年六月八日午前六時ごろ大型貨物自動車釧一ゆ五七一号(以下加害車という)を運転して川上郡弟子屈町字奥春別番外地先路上を阿寒町方面から弟子屈町方面に向かつて進行中、右加害車を折から対向して来た訴外立川光昭運転の普通乗用自動車(釧五は六〇〇〇号)に衝突させ、その衝撃により同車に同乗中の原告国岡勇に対し頸椎脱臼骨折(むち打ち症)の傷害を負わせた。

(二)  被告会社は、加害車を所有し、またはこれを使用する権限を有し、これをその下請業者である被告高井一夫に貸与していたものである。そうでないとしても、

(1) 加害車の車体に被告会社の名を表示していたこと、

(2) 被告会社を加害車の使用者として道路運送車両検査を受けていたこと、

(3) 加害車の使用の本拠地を同会社の事務所所在地として登録していたこと、

(4) 加害車に関する自動車損害賠償保障保険に同会社において加入していたこと、

(5) 被告島は同会社の専属的な下請業者として加害車の運転に従事していた者であること、

(6) 被告島は加害車の購入代金を一度に支払う能力がなく、被告会社において売主である訴外釧路トヨタ自動車株式会社に対して月賦で支払う一方、それに見合う金額を被告島の下請としての稼働金から天引しており、それに伴つて、右代金の完済前に被告島が被告会社の下請をやめれば、場合によつては加害車を被告会社に引渡さなければならない関係にあつたこと、

(7) 加害車の油代、修理代等の経費一切は被告会社において管理していたこと、

(8) 被告島は、被告会社の下請としての稼働期間中、作業現場に泊り込み、被告会社から生活費として支給される毎月四万円の収入により生計を立てていたこと、

以上の諸事実から見て、被告島と被告会社との関係は対等者間の請負関係ではなく、被告島は被告会社に経済的に従属し、その支配を受けていた者であつて、いずれにしても被告会社は本件事故当時加害車を自己のために運行の用に供していたものである。

(三)  被告高井は砂利採取業を営み、加害車を被告会社から賃借してその営業のため使用人である被告島に運転させていたものであり、そうでないとしても、かつて釧路トヨタ自動車株式会社から加害車を買受け、代金の支払をしたのは同被告である等の事情から見て、同被告は、加害車の実質的な所有者として被告島に加害車の運転を許容していたというべきであるのみならず、被告会社から作業現場の責任者としての地位を与えられ、実質上被告島を指揮監督し、また被告会社の行なつていた加害車に関する諸経費の管理に関与していたから、いずれにせよ、被告高井は独自に、または被告会社を通して、加害車を自己のために運行の用に供していたものである。

(四)  被告島は、その過失によつて本件事故を発生させたものである。すなわち事故の際同被告は時速約四〇キロメートルで見通しのよいカーブにさしかかつたが前方注視を怠り、かつ漫然前記速度のままで道路右側を進行したために本件事故を発生させた。

(五)  本件事故によつて原告らが被つた損害は次のとおりである。

(a) 原告勇の損害

(1) 入院治療費 八八万一、二一〇円

(2) 得べかりし利益の喪失 四六一万一、〇七五円

(イ) 原告勇は、昭和三三年一一月ごろから弟子屈町で料理店を経営し、自ら同店の板前として稼働していた。

(ロ) 昭和四〇年度中の課税営業所得額は九〇万円であるところ、本件事故により経営者および板前として稼働することができなくなり、原告鏡子や原告らの次男等の稼働により辛うじて営業を続けて来たものの、昭和四一年度の営業所得額は二八万八、〇〇〇円、昭和四二年度中のそれは二一万八、三二五円であつた。したがつて、原告勇は、昭和四一年度においては前記九〇万円から二八万八、〇〇〇円を控除した六一万二、〇〇〇円の、昭和四二年度においては前記九〇万円から二一万八、三二五円を控除した六八万一、六七五円の収入減を被つたものであり、これが両年度において同原告の受けた損害である。

(ハ) 昭和四三年度以降の逸失利益については、原告勇の板前としての経験年数にも照らし、同乗の同原告と同程度の年令(満五〇歳)の者の平均収入月額三万円を基準として算定すると、同原告は大正六年四月一七日生れで昭和四三年一月一日現在で満五〇歳八箇月であり、運輸省自動車局保障課「政府自動車損害賠償保障事業算定基準」(昭和三九年二月一日実施)によると満五〇歳における就労可能年数は一三年であるから、同原告は今後なお一二年は就労しうるはずのところ、本件事故によりこれが不可能となつたから、ホフマン式計算により中間利息を控除すると、事故当時における逸失利益の額は三三一万七、四〇〇円となる。

(3) 慰謝料 一五〇万円

左記(ア)ないし(エ)の諸事情に照らし、原告勇がこれまでに受け、または将来受けるであろう精神的、肉体的苦痛に対する慰謝料額は一五〇万円をもつて相当とする。

(ア) 入院期間が約七箇月に及んだこと、

(イ) 現在なお往診を受け、あるいは通院している状態であること、

(ウ) 現在、頸部運動障害、左前膊しびれ感、同知覚鈍麻、握力低下、めまい、頭痛、重圧感、不眠、食欲不振、るい痩、低血圧症、精神的気力喪失等の症状を呈し、これらは後遺症として残存する可能性が大で、これに対する対症療法が必要とされること、

(エ) 本件事故により、それまで継続して来た営業に支障を来たす一方、家族の生活費のほか入院治療費、子供の学費の仕送り等の支出がかさみ、訴外北洋相互銀行から約三二八万七、六四四円の借財を余儀なくされたこと、

(b) 原告鏡子の損害

同原告は原告勇の妻として、その入院中はもちろん現在もなお病床にある原告勇の看病にあたり、夫の負傷により多大の精神的苦痛を受け、また夫および自分の将来の生活について不安と危惧の念を抱き、今後とも多大の精神的苦痛を受けるであろうことは明らかである。これに対する慰謝料額は金五〇万円をもつて相当とする。

(六)  よつて、原告勇は被告らに対し連帯して前項(a)記載の損害額合計六九九万二、二八五円およびこれに対する事故当日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告鏡子は被告らに対し連帯して前項(b)記載の損害額五〇万円およびこれに対する同日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めるため本訴に及んだ。

(被告らの抗弁に対する答弁)

抗弁事実を認める。弁済額はいずれも原告勇の逸失利益の賠償に充当した。

二、被告ら三名の申立ておよび主張

(求める判決の内容)

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

(請求原因に対する答弁)

請求原因中、(一)の事実は傷害の内容を否認し、その余を認める。同(二)の事実のうち、加害車の車体に被告会社の名が表示されていたこと、被告会社を加害車の使用者として道路運送車両検査を受けていたこと(ただし検査を受けたのは被告島である)、被告島が被告会社の下請として加害車の運転に従事していたこと、被告会社において加害車の油代、修理代等の経費に関する事務を取扱つていたことは認め、その余は否認する。同(三)の事実のうち、被告高井が砂利採取業を営み、加害車を釧路トヨタ自動車株式会社から買受けたことは認め、その余は否認する。加害車は被告高井が昭和三七年五月釧路トヨタ自動車株式会社から買受け、使用していたが、昭和四一年春ごろ同被告から被告島が買受け、事故当時も同被告が所有していた。ところで被告会社は砂利の採取、販売を業とし、被告島は同会社の砂利採取現場で採取場所から砂利堆積所までの運搬作業を請負つていたが、加害車の鍵を所持し、ガソリン代や修繕費を負担するなど加害車の管理を行なつていたのは被告島であり、被告会社は加害車についてその運行や処分等を指示したり運転手を選任、監督したりする権限を有するわけでもなく、また被告島が加害車を使用して被告会社の作業をするのは一年のうち六、七箇月にすぎなかつたもので、しかもその間においてもいつでも請負関係を解消することができた。加害車の使用者として被告会社の名義を貸したり加害車の経費に関する事務を被告会社が取扱つたりしたのは被告島の営業のために便宜を図つてやつたにすぎず、これによつて名義料等の利益を得ていたものではない。さらに被告島が請負つていたのは砂利採取現場内での運搬作業のみで道路上の運転はその範囲外のことであり、しかも本件事故は被告会社と関係のない被告島の自宅への往復という目的に加害車を使用していた際に発生したものである。以上の諸点からして、被告会社および被告高井は本件事故当時加害車を自己のために運行の用に供していたものということはできない。請求原因(四)の事実は認める。同(五)の事実のうち、原告勇が料理店を経営し自ら板前として稼働していたことは認め、原告ら主張の慰謝料額の相当性を争い、その余は知らない。原告勇の料理店経営による収入は場所、建物および人的要素の結合によつて生ずるものであり、店主兼板前である原告はその一要素にすぎないことおよび経営の性質上その収入の増減は社会一般ないし当該地方の好不況等によつて影響されるところが大であることからいつて昭和四一、二年度の収入と昭和四〇年度の収入との差額をもつてただちに本件事故によつて同原告が被つた損害と目すべきではない。また同原告は本件事故以前から病気のため通院治療を受けていたから、その稼働不能の原因をすべて本件事故による傷害に求めるのは不当である。さらに、同原告に料理店の経営が不能となつたことは必ずしも全面的な労働能力の喪失を意味しない。また、本件傷害はいわゆるむち打ち症であつて通常は二箇月ないし六箇月で全治するのに、同原告の場合その訴えるような症状が長期にわたつて継続しているのには同原告自身の精神状態も大きな原因となつており、むしろ就労を不可能にしているのは右の精神状態であるとさえ思われる。

(被告らの抗弁)

(一) 原告勇は本件事故による損害につき自動車損害賠償責任保険金五〇万円を受領している。

(二) 被告島は昭和四一年九月一一日原告勇の代理人国岡広隆に対し本件事故による損害の賠償として二〇万円を支払つた。

三、証拠〔略〕

理由

一、各被告の責任の有無

請求原因(一)の事実については、原告勇が被つた傷害の内容の点を除き、当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によれば、原告勇は本件事故によつて頸椎脱臼骨折、むち打ち症の傷害を受けたことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

原告らは、被告会社が加害車の所有者またはその使用権限を有する者である旨主張するところ、(ア)〔証拠略〕には加害車は被告高井が被告会社からチャーターしたもので、同被告は被告会社に対しチャーター料を支払つている旨の記載があり、(イ)〔証拠略〕には加害車は被告島が被告会社から借りたものである旨の記載があり、(ウ)〔証拠略〕によれば被告会社は加害車の保有者として自動車損害賠償責任保険に加入していることが認められ、(エ)さらに加害車はもと訴外釧路トヨタ自動車株式会社の所有で被告高井が同会社から買受けたものであるところ(この点については当事者間に争いがない)、〔証拠略〕によれば、被告会社は自ら右会社に対する代金の決済にあたり、昭和三九年一月までにこれを完済したことが認められ、(オ)さらに加害車に被告会社名が表示されていたことについては当事者間に争いがない。しかしながら、一方、〔証拠略〕を総合すると、加害車は被告高井から被告島へと売渡され、本件事故当時は被告島が被告会社から請負つた砂利運搬作業に使用していたが(右請負関係については当事者間に争いがない)被告島は自動車運送業者としての営業免許を受けていないところから、同被告が専属的に仕事を請負つていた被告会社が同車の所有者であるかのような外形を作出することが関係者の間で了解され、そのような工作の結果が前記(ア)ないし(オ)のような諸事実となつたものであつて加害車の売買代金残額、ガソリン代、修理代等は被告島の請負代金から控除されていたことを認めることができ、結局〔証拠略〕に照らせば前記諸事実をもつてしてもなお被告会社が加害車の所有者またはその使用権限を有する者であつたことを認めることができず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

そこで被告会社の責任原因に関する原告の予備的主張について考えるに、

(1)  加害車の車体に被告会社名が表示されていたことは前記のとおりであり、

(2)  加害車が道路運送車両検査を受けるにつき、被告会社が加害車の使用者とされていたことについては当事者間に争いがなく、

(3)  〔証拠略〕によれば、加害車の登録原簿上の使用の本拠地は本件記録上明らかな被告会社の主たる事務所の所在地と同一であることが認められ、

(4)  被告会社が加害車の保有者として自動車損害賠償責任保険に加入していたことは前記のとおりであり、

(5)  被告島が本件事故当時もつぱら被告会社から請負つた仕事のために加害車を運転していたことも前記のとおりであり、

(6)  〔証拠略〕によれば、同被告は加害車の購入代金(被告高井において最初の売主である釧路トヨタ自動車株式会社に対し完済していないため、被告島が代つてこれを支払うことになつていた)を一度に支払う資力がなく、被告会社において右釧路トヨタ自動車株式会社に対して月賦で代金を支払う一方(〔証拠略〕中、これに反する部分は措信できない)それに相当する金額を被告島に支払うべき請負代金から天引しており、右代金の完済前に同被告が被告会社の仕事をやめるときは被告会社において加害車を引取つて清算することになつていたことが認められ、

(7)  同じく〔証拠略〕によれば、被告会社は被告島に仕事を請負わせている間、加害車のガソリン代、修理代、タイヤ代等は被告会社が立替えて支払つたうえで請負代金から差引かれていたことが認められ、(被告会社がこれら加害車の経費に関する事務を取扱つていたことについては当事者間に争いがない)、

(8)  〔証拠略〕によれば、同被告はもつぱら被告会社の砂利採取現場で運搬作業に従事し、その間は作業現場に泊り込み、被告会社から毎月四万円の支給を受けていたが、右四万円は仕事の完成までの間の請負代金の一部として支払われていたものであることが認められ(甲第二〇号証のうちこれに反する供述は右本人尋問の結果に照らし措信できない)、

以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上(1)ないし(8)の事実を総合すると、被告島と被告会社との関係は典型的な注文主と請負人との関係ではなく、被告島の被告会社に対する従属性、依存性が顕著であり、また加害車に対する被告会社の関係も、形式上はともかく実質的には相当程度直接的な支配を及ぼし、所有者に準ずるような立場にあつたものというべく、しかも被告島が請負つた作業の性質上、作業内容―加害車の運行―に関して同被告が独自の判断を働かす余地は少なく、その点に関しては被告会社の従業員と甚しく異ならない立場にあつたというべきであり、さらに被告会社が加害車の保有者として自動車損害賠償責任保険に加入したことは加害車の運行に関して自ら社会的責任を負担することを容認したものと評価すべきであつて、これらの諸点にかんがみ、被告会社は本件事故当時の加害車の運行を支配し、自己のために加害車を運行の用に供していたものというべきである。被告会社が主張するところの、加害車の現実の管理者が被告島であつたこと、同被告の被告会社の作業を請負う期間が一年のうち六、七箇月にすぎなかつたこと、請負作業中には道路上の運送は含まれていなかつたこと、事故が被告島の自宅への往復の途中で起つたことなどの諸事実も、右の結論を左右するに足るものではない。

次に、被告高井に関しては、甲第八号証中の同被告が加害車をチャーターしていた旨の供述がただちに措信し得ないことは前述のとおりであり、他に同被告が加害車の賃借人であつたことを認めるに足りる証拠はない。また、同被告が加害車を釧路トヨタ自動車株式会社から買い、その代金を支払い、または支払うべき立場にあつたことは前記のとおりであるが、すでに加害車を被告島に売却し、同被告の使用に委ねていたこともすでに認定したところであるから(仮に加害車の所有権が被告高井に留保されていたとしても)、右事実から同被告を加害車の運行を支配する者ということはできず、また、〔証拠略〕によれば、被告高井は被告会社の現場の一つ(被告島の働いていた現場)で責任者的な地位にあり、被告島に支払われる請負代金の支給等に関与していたことが認められるが(なお、被告島の本人尋問の結果中には、被告高井が被告会社からの元請人で被告島は高井からの下請人である旨の供述が存するが、同人の他の部分の供述および証人木下善吉の証言、被告高井本人尋問の結果に照らしにわかに措信できない)、被告島の作業の指揮監督をしていたことは、本件全証拠によつてもこれを認めることができないから、結局、被告高井を加害車を自己のために運行の用に供していた者、あるいは使用者に代つて事業を監督する者ということはできない。

被告島に関しては、請求原因(四)の事実について当事者間に争いはない。

以上認定したところによれば、被告会社および被告島は本件事故によつて生じた損害を賠償すべき地位にあるが、被告高井はそのような地位にないことになる。

二、原告らの損害

(一)  原告勇の損害

(1)  相当因果関係等

〔証拠略〕を総合すると、原告勇は本件事故の結果、事故当日から昭和四一年八月二八日まで弟子屈病院に、同年九月二二日から一一月一六日まで札幌医大付属病院に、同月二二日から一二月二四日まで弟子屈病院にそれぞれ入院し、昭和四一年八月および昭和四三年四月当時において頭痛、めまい、左前膊しびれ感、食欲不振、るい痩、低血圧等同年一一月当時においてめまい、頸部運動障害、頭の圧迫感、頭痛、左手のだるい感じ、全身の冷え、気力喪失等の症状があつて現在なお月三回程度の往診を受けるほか通院およびマッサージを続けているが、事故当時五〇キロあつた体重が退院時は四三キロ、四三年一一月には三八キロに減少し、稼動できない状態にあることが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない(被告らは、同原告が本件事故以前から病弱であつた旨主張するが、前掲証拠に照らし、上記症状はいずれも本件事故の後に生じたものと認められる)。

ところで前記鑑定嘱託の結果によれば、(ア)昭和四三年一一月当時において認められる前記症状はいずれも心因性のものであり、右時点における同原告の病名は外傷性神経症であること、(イ)右疾病は本件事故を原因とし、これに受傷後の長期間にわたる身体的および経済的な不安定状態も一因となつて生じたものと推定されること、(ウ)右疾病を治癒させるためには適切な治療を行なうとともに本人の不安感を除去し、事故による損害賠償について本人の納得のいく解決がなされることが特に必要と考えられること、(エ)疾病の性質上、治癒の時期の見通しは立て難いこと、(オ)現状では稼動能力をほとんど欠くが、精神面の立直りができれば、将来正直な生活に戻れる可能性もあること、がそれぞれ認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。そこで、原告勇について生じた損害の額を算定するにあたつては、右神経症と本件事故との間に相当因果関係を認めうるか否か、これを肯定しうるとした場合に、右神経症に基づく就労不能による損害をどの範囲で本件事故と相当因果関係あるものと認めるべきかが問題になる。

もとより、この種疾病の性質上、その転機は被害者自身の精神力、意志力等に依存するところが大であるけれども、被告らの主張するように、むち打ち症は二箇月ないし六箇月で全治するのが通例であつてそれ以上の疾病の継続は被害者の精神状態いかんにかかると断ずること自体困難であるのみならず、神経症を生ぜしめる被害者の精神状態自体も事故の結果現出されたものであり、そうしていわゆるむち打ち症の結果この種の神経症にかかる例が必ずしもまれでないことは当裁判所に顕著な事実であるから、上記のような疾病もまた本件のような事故によつて通常生ずることが予想されるところというべきであり、したがつてこれによる損害も事故の態様等に照らし社会通念上通常その発生が予見されうる限度内では事故と相当因果関係ある損害としてその賠償を命ずべきである。そうして本件の場合についていえば、原告勇の前記神経症に伴う諸症状は事故の二箇月後の昭和四一年八月当時の症状とほとんど共通しており、同人の疾病の実体が神経症に転化した時期を確定することはできないが、前認定のような本件事故における傷害の態様および右神経症の内容、程度、継続状況等に照らし、一方では前記のように右神経症が損害賠償問題の解決や同原告自身の努力によつて好転する見込みがあることを併せ考えて、本件事故発生から五年以内に右神経症によつて生じた損害については事故との相当因果関係を肯認すべきものと解する。

そこで、以上の観点に立つて、原告勇が賠償を受けるべき損害の額について考察を進める。

(2)  入院治療費

〔証拠略〕によれば、原告勇は本件事故により医療費、付添費、マッサージ代として合計八八万一、二一〇円を支出したことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

(3)  得べかりし利益の喪失

原告勇が弟子屈町で料理店を経営するとともに自ら板前として稼働していたことについては当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によれば、原告勇の課税所得金額は昭和三八年度八五万三、〇〇〇円、昭和三九年度八五万、昭和四〇年度九〇万円、昭和四一年度二八万八、〇〇〇円、昭和四二年度二一万八、三二五円であつて、これによれば、同原告の年間所得は本件事故の前は少なくとも八五万円程度であつたものが昭和四一年度において五六万二、〇〇〇円、昭和四二年度において六三万一、六七五円減少しており、本件事故以外に右の収入の減少を生ずべき特段の事情の存したことについて主張立証はないから、右両年において同原告は少なくとも右金額に相当する損害を被つたものというべく、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

また、同原告は前認定のとおり現在稼働不能の状態にあり(なお、〔証拠略〕によれば、前記課税所得金額中本件事故以後のものは実質は原告らの次男や原告鏡子の稼働によるものであることが認められるから、本件事故により原告勇が稼働不能になつたとの認定を妨げるものではない)、しかも相当衰弱していてにわかに病状が好転することも期待できないので、本件事故後五年を経過する昭和四六年六月八日まで右のような状態にあるものと推認するのが相当で、この認定を覆えすに足りる証拠はない。そうすると、前記昭和四一、四二年度における収入減少の状況に照らし、同原告は昭和四三年一月から右六月八日まで一年につき少なくとも同原告主張の三六万円の得べかりし利益を喪失したものというべきである(なお、甲第一号証によれば同原告は大正六年四月生れであるから、事故にあわなければ優に昭和四六年まで稼働し得たものと認められる)。

以上の昭和四六年六月八日までの逸失利益につき、各年度分を年末(昭和四六年分については六月八日)に取得すべかりしものとしてホフマン式計算により民事法定利率年五分の割合の中間利息を控除し、本件事故当時の損害額に換算すると、その額は二一七万四、〇七〇円(円未満切捨て)となる。

(4)  慰謝料

原告勇が本件事故により足かけ七箇月にわたつて入院し、その後も往診、通院による治療を続けて今日に至つていること、その間における症状等、前認定の諸事実に加え、〔証拠略〕によつて認められるところの、本件事故による営業不振と治療費ねん出の必要から原告勇が製氷倉を手離し、銀行から借財する等の措置を余儀なくされている事実(その反面としての後記のような被告らの損害賠償の状況)を併せ考えると、本件事故によつて同原告が被つた精神的苦痛に対して支払われるべき慰謝料額は、これを前記のように事故発生後五年間のみについて考えても、一五〇万円を下らないものと認めるのが相当である。

(二)  原告鏡子の損害

〔証拠略〕に照らせば、原告鏡子が原告勇の妻として本件事故による勇の受傷およびその後の疾病に関して少なからぬ精神的苦痛を味わい、さらに将来の生活に大きな不安を感じていることを認めるに難くない。しかしながら、その苦痛の程度はいまだ原告勇が死亡した場合のそれに比肩するほどのものということができないから、原告鏡子の苦痛は原告勇の苦痛に対して相応の慰謝料が支払われることによつて間接に慰謝さるべく、鏡子自身は固有の慰謝料請求権を有しないものと解するのが相当である。

三、被告らの弁済

本件事故に関する損害賠償として、自動車損害賠償責任保険から金五〇万円が、被告島から金二〇万円がそれぞれ原告勇に対して内入弁済されたことについては当事者間に争いがない。

四、結語

以上の次第であるから、原告勇の本訴請求は被告会社および被告島に対し連帯して前記損害の合計額から弁済額を控除した金三八五万五、二八〇円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四一年六月九日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度では正当であるがその余は失当であり、また原告鏡子の本訴請求は失当である。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 加茂紀久男)

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